東京で建築事務所に勤務していた辻久さんは、結婚して子供が生まれたのをきっかけに、平成14年、両親が住む富山市にUターンしました。

 

39辻久さん・奈穂子さん

 

妻の奈穂子さんは神奈川県生まれ。
ご自身も一級建築士で、それぞれバリバリ仕事をしていたのですが、久さんは「9年間東京で仕事をした。仕事は面白いけれど、これ以外の仕事のやり方もありかな」と考えるようになりました。
また、奈穂子さんも「子供を預けてフルタイムで働こうと思ったけど、認可保育所は順番待ちで入れない。
無認可保育所に預けるか、仕事をやめるか」の選択を迫られていました。

そこで、思い切って富山に移り住んだのです。
「富山にきて2年間ほどは、東京に未練がありました。東京と富山では仕事のやり方がまるで違う。
刺激も少ない。人間関係も東京のようにビジネスとそれ以外の境目があいまい」だと感じたそうです。

でも、仕事や近所付き合いを通して徐々に「富山人」に溶け込んでいくことができたようです。

奈穂子さんは「富山ではすぐに子供を保育所に預けることができた。
東京では公園デビューしないと仲間ができないが、こっちでは保育所でお母さんたちと友達になれる。
だいいち公園に行っても誰も遊んでいない」。

 

両親の家の近くに新築したオフィスには、趣味で楽しむ自転車やピアノ、コントラバス、そして真空管アンプや手作りのスピーカーを含むオーディオシステムがインテリアも兼ねて置かれています。

「東京で働いていた時と比べて収入は減った。でも食べていけないこともない。
東京は、もっともっとの積み重ね。仕事も遊びもとどこまで行ってもキリがない。
夫は朝早く家を出て夜にならないと帰ってこない。家族を持ち子供を育てられる環境ではない」と久さんは感じています。

ただし「東京の人が週末だけ富山に住むというのでは、東京の生活スタイルをそのまま持ち込むので、おそらく忙しく週末を過ごしていくばかりではないか」と提案しておられます。

 

建築設計「Due」