1995年頃から今まで、ずっとライブハウスやクラブでのイベント企画に携わってきた田辺和寛さん。
17歳よりDJ活動やイベントオーガナイズを始め、23歳のときに音楽を志して東京へ。
東京に出て10年が経ち、音楽と自分の在り方がわかり始めたそんな頃、東日本大震災が発生。より自分の在り方を考えるようになり、2011年8月に富山へUターン。直ぐさまライブハウスやクラブの運営や、イベントの企画制作などを行っている会社に入社。
2014年4月、富山市中央通りの一角に『HOTORI』をオープンされました。

田辺さん02

Uターンした理由をお聞かせください。

自分のイメージする生活や環境をつくるためですね。音楽だけではなく、もっと色んなカルチャーを生活に近づけたいと思っていました。
実は、友人も多く土地にも好感のある九州か、生まれ故郷の富山かで迷ったのですが、10年というキリの良さもあり、久しぶりに家族とも過ごしたかったので、富山に帰ってみようと思いました。

HOTORIはどんな場所ですか。

もっと気軽に集まって、色んなこと話したり音楽を聴いたり、ライヴを観たり本を読んだり、情報や人の繋がりの交差点のような場所があればいいなと考え、じゃあやってみようと思いました。
今の富山市は富山駅前やショッピングモールが栄えていますが、色んなカルチャーの発信地であるべきなのは街中だと思っています。
単に若者の文化だけではなく、世代を超えて混ざりあえる場になるべきではないのか?と日々考えています。

イベント企画はどのようなことをなさっていますか?

HOTORI、富山市婦中町(ふちゅうまち)にある山藤ぶどう園での年数回あるイベントを軸に、イベントやフェス、マルシェの企画制作・ブッキングを行っています。
その他には富山市八尾町(やつおまち)である『おわら風の盆』での出店、ウエディングなんかの舞台監督的なこともやっています。
どう稼いでどう使うのかがとても大事だと考えているので、お金の流れなどが目に見えるような企画内容のイベントや仕事を実行していきたいですね。それらを通してお互いを刺激したり、新たに行動するきっかけを作りたいです。
富山ならではの良いロケーション、素材を活かしきれていない部分なども変えていきたいですね。

10年ぶりに帰ってきた富山はいかがでしたか?

意識の高い人達が際立つようになっていると感じました。
メディアの情報があまりにも多く、さらにSNSの普及も重なり、みんなと同じだから安心という個々の感触や意思などが弱くなってきている状況だからこそ際立つのかなと。
自分の目的や考え方が明確になったからそう感じたのかもしれませんが、とても面白い人や場所が沢山で、東京にも負けない濃さや面白さがあると感じましたね。
自分から動かないとわからないですけどね(笑)

今後の目標は?

食・音楽・クラフトなどをイベントに限らず、色んな角度からアピールしたいですね。
良い活動をしている人達がより多くのひとの目に触れるきっかけを作ることで、県全体に活気が出るようにしたいです。
素晴らしいものを作っている人の中には、想いは強いが表に出せない、売り方やPRが苦手、出世欲がない人が多いです。才能やセンスがあるのにそれって勿体無いですよ。
発信の仕方や繋がりを提案し、サポートすることが必要だと思っています。
孤立した点と点をつなげて、ローカルでの大きな輪をつくりたい。届けるべき人にしっかりと届けていきたいです。

移住を考えている人へのアドバイスがあればお願いします。

都会のことを田舎に求めるのではなく、都会で感じたこと、学んだことをその土地に合わせた目線で自らが行動して生かすことが大切だと強く感じます。
フラットに真ん中の意識で捉えてみると、富山県はとても魅力的です。独自のエネルギーを生み出せる場所。
あと生活するには最高ですね。ご飯は美味しいし、温泉も最高だし、自然も豊かです。

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