「僕は夢を売る商売なので、年齢は不詳です」ということで年齢は不明。
魚津市生まれの島崎さんは、平成15年4月に東京からUターン。
11月に今のお店「イタリアの食卓ルチアーノ」をオープンしました。

 

29島崎昇さん

 

地元で就職し、アマチュアロックバンドを結成して歌っていましたが、24歳の時にバンドを解散して上京。
歌謡曲でデビューしたものの芽が出ず(本人談)、
大手レコード会社で音楽番組やビデオ・CDのディレクターやプロデューサーを経験。

結構業界人をしていたのですが、30代半ばで父親を亡くした時、
「俺は人から拍手をもらう立場だったのに、今は人に拍手をしている」自分に気付きました。

 

そこで「拍手をもらえる」(喜んでもらえる)仕事として選んだのが料理人。
子供の頃から料理が好きだったことと、通っていた店がイタリア料理店だったので「イタリア料理をやろう」と、2年をかけてプロデュースの仕事をフェードアウト。

その間、履歴書を持って100件近くの店を回りました。
でも「コック未経験で、年齢も若くない」ということで、なかなか雇ってもらえませんでした。

ようやく就職できたのは、イタリアに本店を置く有名店。
店内の会話もメニューもイタリア語、そして自分より年下の先輩に怒鳴られながら「テレビの修行ドラマそのまんまの経験」を6年間積んでJR魚津駅前にお店を出しました。

 

イタリア料理店は、リストランテ(料亭)、トラットリア(飲食店)、オステリア(宿屋)、ピッツェリア、バール等の種類がある。
魚津市の人口では、なかなか本格的なイタリア料理店は成り立ちにくいことはわかっていました。

実際、魚津でお店を出そうとしたら「魚津じゃだめだ。富山市でやれ」と友人たちに言われたそうです。
でも、あえて魚津で開店。

「人に拍手してもらいたくてやっているから素材と調理に手を抜けない。
でも、多くの人に来てほしいから値段は安くしたい。
自分ひとりなので、席数も限られる。東京から来てくれた人は『趣味でやっているのか?』とあきれていました」。

 

開業して4年。
「ワインがおいしいわ」「トマトは嫌いだけど、これなら食べられる」などイタリア料理を理解してくれるお客さんが増えてきました。

 

29島崎昇さん02

すっかりご機嫌の取材班。左から2人目が島崎さん。

 

Uターンして4年。
富山人の勘が戻った島崎さんですが、帰ってきた時は
「同級生には20歳の子供がいるんです。自分は20年間空白だったので、浦島太郎のような気分でしたね」。
また、帰って半年位の時、都会の雰囲気が懐かしくなり、夜中に高速を飛ばして、富山や金沢の町に行きました。

「夜中でもビルに明かりがつき、繁華街が賑わっている雰囲気を味わいたかった」のです。
大都会の業界人が人口5万人弱の魚津に来たということは、そういうことなのですね。

 

島崎さんのモットーは「明るく元気」。
東京でも仕事先の人から「笑顔がいい」と言われていたそうです。

 

最初の取材は月曜日。ランチタイムとディナータイムの合間でした。
それなりにお話は聞けたのですが、なにか物足りない。
ということで金曜日の夜、魚津市役所で定住交流を担当している木下さん、新浜さん、扇原さんを誘ってお店に行ってきました。

ビールを飲み、ワインを飲み、前菜やパスタを食べ、すっかり取材を忘れて楽しんできました。
ちなみに当日は、私たち5人で貸し切り。本当に商売っ気がありません。
最後に、島崎さんの笑顔を喜んでくれる奥さんを早く見つけてください。

 

▶︎イタリアンレストラン「ルチアーノ」
〒937-0067 魚津市釈迦堂1丁目2-17
TEL:0765-22-7035