群馬県出身の三浦太郎さんは大学時代を富山で過ごします。
医師となり、東京、新潟、南砺市、北海道での勤務を経て、2013年4月より富山大学附属病院総合診療部に勤務されています。

 

19三浦 太郎さん

 

—お仕事について教えてください。

総合診療部とは、どんな問題にも相談に乗れる医師の集まりです。
診療科が分からない症状を診たり、医療・介護に関して何をしたらよいか分からない方などの相談にも乗ります。
私たちは家庭医とも言います。何でも診る「コンビニ医」です。
現在は富山大学附属病院の他、曜日ごとに朝日町や岐阜県神岡市の病院で診療を行っています。

 

—家庭医をご専門にされるきっかけは?

実家が代々医師で、一番身近な職業でした。
医師には様々な診療科がありますが、研修を受けた村の診療所の先生が楽しそうで、研修自体もとても面白かったので、この道を選びました。

 

—富山へ異動されたのは?

大学と南砺市の病院勤務時代に富山で過ごし、居心地がいい所だったので、希望して異動しました。
大学進学で富山に住む前は「富山ってどこ?」と言う感じでした。
でも、住み始めてすぐに、良い街だなと感じました。

富山はシンプルで住みやすいです。
渋滞も少ないし、山から海まで近い。
立山が見える時は、富山に住んでよかったと思います。
また、東京と程よく離れていて、東京に依存していないところも良いです。

群馬の街なかは、さびれて寂しい雰囲気ですが、富山の街なかは色んなお店があって面白いと思いました。
お店巡りをしたり、グランドプラザや大手モールで行われるイベントによく行きます。
知った顔の人に出会えるし、何かが起こりそうな感じが魅力です。
富山の人は、例えば、雪が深くて車がはまったときに、どこからともなく助けに来てくれますが、解決すると、すぐにその場からいなくなってしまいます。
親切なのに、さっぱりしているところが良いですね。

 

—今後の目標は?

富山を北陸の家庭医の発信基地にすることです。
まちの人たちと一緒に医療を作りたいと考えています。
まずは富山で家庭医の仲間を増やし、富山、石川、飛騨でネットワークを作りたいです。
田舎での医療に携わりたい医師はいますが、ずっとその地域に居続けると決断することはハードルが高いです。
ネットワークを作ることにより、代わりがいない状況を作らず、勤務地を変えたいと言いやすい環境になれば、医師が赴任しやすくなるのではと考えています。

医師に限らず、どんな人でも、出身地でもなく学生時代などに過ごしたこともない地域に移住・定住することは、稀なことです。
私自身も、大学時代に住んでいなかったら、今、富山に住もうとは思わなかったでしょう。
期間を設けて住んでみる。住んでみて、その中から定住につながる人が現れたら良いと思います。
また、総合診療、家庭医は医療界でもあまり知られていない存在です。
今、学生たちに、こんな診療科もあるよとアピールしているところです。
他県から学びに来ている学生たちが富山で働きたいと思ってくれたら…と望んでいます。