創業明治6年、富山市中心部・大手モールに店舗を構える「染ときもの秋吉屋」の5代目店主・秋吉克彦さん。
家業とは別の飲食業界などで経験を積み、家を継いだら飲食店にしてしまおうと考えた時期もあったと言います。
しかし、現在は家業を継ぎ、日常で楽しむセンスの良い着物や小物をご提案されています。

 

02秋吉 克彦さん

 

—家業を継いだいきさつをお聞かせください。

大学進学で上京し、卒業後は東京や埼玉で働いていました。
都会の暮らしは嫌いではありませんでしたが、ずっとサラリーマンでいても先が見え、このまま続けていても大変になるだけで面白くないと感じるようになりました。

30歳でUターンした当時は、着物はこの先商売にしても見込みがないと思っていました。
しかし、バブル崩壊後とは言うものの、まだ景気が良く、着物業界も同様で、展示会・販売会を開くと商品が良く売れました。
意外に良い状況なのだと思い、この業界に飛び込みました。
ですが、時代の傾向で売り上げは右肩下がりに。騙された! と思いました。

 

—どんなことが大変でしたか?

昔はご結婚のお支度で一式買い揃えたものですが、今ではいらないと言う方が多いです。
昔のやり方ではだめだ、売り方や勧め方を変えていかなければとすぐに感じました。
他業種で働いていたことで逆に客観的に見ることができました。

呉服屋の敷居を下げて、入門的なお客様を増やそうと取り組み始めました。
当時は両親が中心に店を経営していたので、私のやり方は別事業的な位置づけで行っていました。
今のお客様のターゲットは、着物を着たい、普段着として楽しみたいと言う気持ちを持った方が中心で、年代は30〜50代の方が多いです。
お手頃な価格のものが増えたので、客単価は下がりました。
また、代替わりすると客単価の高い両親のお客様が減り、お店を続けるだけでも厳しい時期がありました。

それでも、「値ごろでも本物」「本物でもあっても加工・手入れのしやすいもの」「センスのいいもの」をラインナップし、昔からのお客様も、新しいお客様も入りやすいお店づくりをしてきました。
分母が増えることで良いものを選ぶ人が増え、ありがたいと思っています。

 

—富山の暮らしはいかがですか?

戻ってすぐの頃は、富山ののんびりしているところや、地域とのつながりや関わりに煩わしさを感じ、少し居心地の悪い思いをしていました。
子供が生まれて、地域のつながりや周りの人に色々支えられていると感じるようになりました。
地域性や風習はとても大切だと思います。
これらは一旦途絶えると取り戻すことは容易ではありません。
今は守って行かなければと自然に思います。

都会では収入は多くても支出も多く、実際は豊かではないと思います。
富山は色んなことが気軽に楽しめて住みやすく、豊かさは都会とは比べものになりません。

 

—今後の目標をお聞かせください。

自分がこうしたいと言うよりも、代々受け継いだものをちゃんとした状態で後世に渡したいと思います。
資産になるものの価値を落とさずに、さらに高めて次につなげていくのが役割だと思っています。

お店では、商品の魅力をお客様の感性に合う形で提案・発信し、それをきっかけに着物っていいな、家にある着物を着てみようかなと思う人を増やしたいです。
着物は時間的・精神的に余裕がないと着れないものですが、その余裕を作ることに価値があると思います。
実際に着てみて着心地を確かめてください。着てみると内面まで変わりますよ。

 

▶︎染ときもの秋吉屋